「久しぶり元気?」
高校時代の同級生からの久々の電話だった。
思い出話に花を咲かせながら、互いの近況をしばらく話した。
彼女は突然本題を切り出した。
「ウチの会社で営業を募集してるんだけど、どうかな・・・?」
当時、地元の不動産会社で営業職として働いていた僕は、確かに現状に満足していなかった。
反響営業(カウンターセールス)という営業手法で、ただ興味のあるお客様を待っているだけ。
契約になるかどうかは、どのお客様を担当するかの運で決まり、営業マンの能力による差はほとんどなかった。
でも不満はあっても、辞めるだけの勇気は無かった。
「ごめん、今の仕事がうまくいってるから無理だね」とウソをついた。
当時の僕は、今思えばどうかしていた。
毎晩仕事が終わると飲みに行くかクラブに行き、明け方まで遊び仕事にはフラフラで行っていた。
女性関係もルーズで、プレイボーイで有名だった。
いくら遊んでも心が満たされない。
それが何故かは分からなかった。
「人生は複雑だ」と斜に構えていた。
真面目に働くなんて馬鹿馬鹿しい。
楽で稼げる仕事は無いかな?といつも都合の良い事を考えていた。
そんな僕の心を見透かされていたのか。
同級生が僕に電話をかけてくる事はもう無かった。
それからしばらくは、いつもの日常が続いた。
僕はいつしか同級生からの電話を待っていた。
何かが変わるような予感がしていた。
しびれを切らした僕は、自分から同級生に電話をかける事にした。
iphoneの発信ボタンに手をかけては取り消し、それを何度か繰り返し、ようやくボタンを押せた。
「この前の話、まだ大丈夫かな?」
「分かった。社長に言っておくね」
たかが電話をかけるだけなのに、こんなに緊張したのは初めてだった。
数日後、僕は面接のため新宿のオフィスを訪ねた。
なめられないように少しネクタイを緩め、スカした雰囲気で面接にのぞんだ。
でも数十分後、自分の口から出た言葉に自分自身が驚いた。
「自分を変えたいんです」
それから僕は変わった。
髪を黒く染めなおし、営業の本を読み漁った。
同級生とは同僚になったが、もう恥も外聞も関係なかった。
地元の友人の誘いは全て断った。
(地元では『死亡説』が噂されていた)
毎日が勝負だった。
アポイントが取れないと悔しくてたまらなかった。
数え切れないほどの悔し涙を流した。
プライドを捨て頭を下げてトークを教えてもらい、技術も盗めるだけ盗んで自分のものにした。
営業の業界で一番難しいとされている「飛込み営業」もナンパだと思ったら楽勝だった。
僕は、ある法則に気づいた。
「こんなに頑張ってる人間は俺以外いないだろう」と思える位頑張った時は、必ず結果が出た。
それを社長に尋ねてみた。社長はブラックコーヒーを飲みながら渋い顔をして。
「お前、いい線いってるな」と初めて褒められた。
そうか!コツコツやろうとするからダメなのか。
バリバリやればいいんだな。
はじめて「人生ってシンプルなんだな」と思えた。
仕事が楽しくてしょうがなかった。
自分が成長するのが嬉しくてしょうがなかった。
もう、昔の僕ではなくなった。
昔の僕は『死事』をしていた。
今の僕は『志事』をしている。