2013年の夏、僕の人生はターニングポイントをむかえていた。
彼女との最後の電話を終えた後、僕はビールをグイっと飲みほし東京の夜景をしばらく眺めていた。
僕は新卒から6年間勤めた不動産会社から、彼女と彼女の親の反対を押し切り、この会社に入社した。
その頃、当時の上司でもあった当社の代表が独立するために退職した。
部下だった僕は、独立の事も退職の事も何も聞かされておらず、突然の事に呆然とした。
納得できなかった僕は代表に電話をかけ、いつものバーで話をする事になった。
「何で教えてくれなかったんですか!水くさいですよ!」その時僕は正直怒っていた。
「悪かったね。でも、どうなるか分からないから巻き込めないよ」
「何を言ってるんですか!一緒にやらせてくださいよ」
代表は、嬉しそうな悲しそうな何とも言えない表情をしていた。
「休みもしばらくは取れないだろうし、給料だって出せるか分かんないんだぞ」
「覚悟はできてます」
その日は、自分でも驚くほど酔えなかった。
家に帰り、彼女に報告した。
彼女はきっと賛成してくれると思っていた僕は、その時、事の重大さに気づいていなかった。
「仕事と私どっちを取るの?」なんてドラマの中だけのセリフだと思っていた。
それから一週間、話し合いという名のケンカが続いた。
もうお互いを思いやる余裕も無くなっていた。
ある日、帰宅をしたらテーブルの上にメモが残っていた。
「あなたとは結婚できない。さようなら」
それから、僕は何かに取り憑かれたようにガムシャラに仕事をした。
自分でも驚くほど仕事に身が入り、結果を出し続けた。
当初は本当に休みもなく給料が出ない時もあったが、すぐに会社は軌道に乗った。
僕があんなに頑張れたのは、別れた彼女のおかげかもしれない。
彼女が好きだったのは僕ではなく、安定した会社で働いている僕だったのだろう。
だから僕は、"会社"ではなく"僕自身"がブランドになろうと決めた。
辛いときも「今に見てろ」と懸命になれた。
本当の安定とは何だろう?
僕は、自分の実力があるか無いかだと思う。
「どこに行っても通用する実力をつけよう。」そう思った時、
どんな仕事でも自分の為になると思えるようになった。
「営業でトップになれよ」
「採用のリーダーをやってくれ」
「マネージャーになって部下を見てくれ」
まるでゲームの主人公が新しい武器を手に入れるように・・・
「またレベルアップできる」
そう思えるようになった。
僕には今、大切に想っている人がいる。
彼女とは、この会社で出会い職場恋愛をした。
事務員だった彼女は、いつも笑顔で僕のサポートをしてくれて苦楽を共にした。
二人が惹かれあうのに、そんなに時間は必要なかった。
当社の就業規則に『社内恋愛は真剣かつ健全な場合のみ認める』という変な決まりがある。
僕たちは、「OKだよね」と笑った。
彼女は会社を退職し、結婚を前提に同棲をはじめた。
ある日、僕が深夜に帰宅するとテーブルにメモが置いてあった。
僕はドキドキしながら、そのメモに目を通した。
「いつも遅くまでお疲れ様、あなたはいつも強がっているけど
本当は繊細で優しい人だってこと、私は知っています。」
メモの上にポタポタと涙がこぼれた。
そして僕はビールを飲み干し、あの時と同じように夜景を眺めた。